これから

旧陸軍被服支廠アクションプラン A and B

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田邉皓大さんより掲載許可を頂きましたのでご紹介します。


私は広島市在住の大学4年生で、元々中学2年生ごろから広島市の都市計画、特に再開発事業やインフラの整備といった分野に興味を持っておりました。旧陸軍被服支廠の解体方針を広島県が表明したことを発端に、最近では県内外の一般市民や団体などによって解体反対や保存への呼びかけ・運動が盛んに行われるようになり、保存への機運が高まっていました。そこで自分自身も、どのように利活用していけば、世界平和への訴えや広島の魅力を発信することができるのか、自分なりに考察・提案していきたいと考えました。

私の提案A 「路面電車博物館」

なぜ旧陸軍被服支廠に「路面電車博物館」なのか?


・共通点①:開業した時期
・路面電車(広島電鉄)の開業は1912年(大正元年)
・広島陸軍被服支廠の完成は1913年(大正2年)
⇒ほぼ同時期に産声をあげている

・共通点②:戦時中の役割
路面電車:軍需工場への工員輸送の需要
⇒1944年(昭和19年)に比治山線、江波線開業
⇒戦時中江波に造船所が建設された(現在の三菱重工業)
被服支廠:軍服や靴などの製造
⇒広島の「軍都」としての歴史に関わっている

・共通点③:戦後の歩み
路面電車:被爆により全線不通、社員に多数の死傷者が出るも、
3日後の8月9日に一部運転再開、その後も市民の重要な足として存続
被服支廠:戦後は物流会社の倉庫や広島大学の学生寮として活用
⇒広島の復興・発展に貢献

詳細はこちらから PDF表示

まとめ

◼貴重な被爆建物を後世に残していく必要がある
◼今回の「旧被服支廠問題」は、それらを見つめ直す絶好の機会
◼ここを「路面電車博物館」にすれば、広島の歴史や文化などを発信することができる。

目指す将来像

◼歴史的建造物のリノベーション事例として、国内外から注目を集めるようになる!
◼広島の「平和」「歴史」「文化」「生活様式」の発信源に!
◼広島市の有名観光地に!

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